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110: 令和4年・マネージャー日記総集編(村田 万里子/酒井 春野/横路 小春)

100周年の1年間、部の運営・練習と試合のサポート・周年行事を支えたマネージャーの活動がホームページで配信されていた。

記念の年の重責を果たし、見事にそのミッションをやり遂げて卒業していくスタッフ3名より「マネージャー日記総集編」をお届けする。


マネージャー集合写真(22年春)


村田 万里子


 2022年度渡邊組で主務を務めておりました、マネージャーの村田万里子と申します。このように現役生活を振り返る機会を設けて頂き感謝しています。京大ラグビー部で過ごした日々は、コロナ禍を挟み、最終学年として創部100周年を迎えるという、言葉通り激動の4年間でした。長くなるかもしれませんが、備忘録という意味合いも込めて書き綴って参ります。


 さて、選手の中には京大ラグビー部でラグビーがしたくて京大を目指したという人も多くいるでしょうが、私にはそんな動機はなく、「京大の学風に憧れて」、「京都に住みたくて」というテンプレのままの理由で京大にやってきました。私は高3の秋にラグビーにはまり、同じ頃興味本位で京大ラグビー部のホームページにアクセスした覚えがあるのですが、その時はラグビー部に入りたいとは微塵も思いませんでした。


 なのに、大学入学直後身体測定の列に並んでいたら偶然ラグビー部の先輩に声を掛けられ、あろうことか数日後に宇治グラウンドに行ったその場で入部宣言をしました。何が決め手だったのか今では知る由もありません。この時の自分の直感力と決断力には半ば呆れつつも素直に脱帽します。


 18年間ラグビーと縁がない人生を送ってきたはずの私が、運命の渦に飲み込まれ、歴史ある部の創部100周年目の主務を務めることになるとは、人生には予測できない面白さがあるのだなと感慨深く思います。


 とはいいつつ、冒頭にも書いたように決して全てが順風満帆だった訳ではありませんでした。入部して丸1年が経とうとする2020年春、突如コロナが猛威をふるいました。4月から数か月に渡って活動が停止し、ようやく秋に練習再開が認められるも他大生の活動が全面的に禁止され、同期の京大生マネージャー3人で50名近い部員の練習・試合のサポートを行わなければならなくなりました。まさかこんなことになると思って1回生を過ごしていた訳もなく、経験値と抱える責任の重さが全く釣り合っていませんでした。右も左も分からないこの状態がいつまで続くのかも分からず常に不安に駆られていましたが、先輩方にも多くのアドバイスをもらいながら、何とかこのシーズンを無事に終えることができました。


回生写真その1(22年春)

 他大生が活動に参加できない期間は、結局のところ2022年の秋まで約2年半にわたり続きました。全て終わった今だから言えることですが、この期間はマネージャーにとって本当に苦しくて長い時間でした。他大生マネージャーとは直接会える時間が限られているためコミュニケーションを取ることが難しく、立場の違うお互いの気持ちを理解し合うことはそう簡単なことではありませんでした。「マネージャー同士仲良くしないと」と部員から言われる度に胸が痛みました。


 私が4年間を通じて精神的にも肉体的にもタフになったのは、間違いなくこのコロナ禍を乗り越えた経験があったからです。しかし、同じ部員なのに一緒に活動できない辛さは誰も感じるべきではありませんでした。得たものもあれば失うものもありました。今はただ、マネージャーみんなが、それぞれの立場でそれぞれの思いを抱えながらラグビー部で過ごしていた2年半があったということを、ここに書き記しておきたいと思います。


 話は変わりますが、主務として過ごした最後の一年間は、サッカー日本代表の森保監督の言葉を借りると、プレッシャーではあったもののストレスではありませんでした。ストレスがなかったと言えば胡散臭く聞こえるかもしれませんが、職責に見合った苦労はそれなりにあったものの、それよりも主務を経験して得られるもののほうが大きかったとでも言うべきでしょうか。創部100周年の節目の年に主務を務めた経験は、私にとって非常に大きな財産になりました。


 何といっても7月の記念式典や12月の東大定期戦などの一大イベントに、OBの方々と一緒に携わることができたのは深く記憶に残っています。主務でなければこの部の長い歴史や舞台裏で奔走する関係者の方々の努力を知ることもなかったと思うと、今回このような形で関わることができたことを大変有難く思っています。現役を統率・代表する立場として緊張感はありましたが、困ったことがあればOBの方々がいつも温かく手を差し伸べて下さいました。


 むしろ本当に大変だったことは、数年振りに菅平合宿を実施したり、宇治グラウンドで整備後初のリーグ戦を開催したりというように、ほとんど経験のないことを現役主体でゼロベースで実行したことでした。大学当局や他大学ラグビー部などの各方面とのやり取りに加え、コロナへの対応も必要で、人知れず頭を抱える場面が多くありました。ですが、「どうにもならないことをどうにかする」というド根性精神がかなり鍛えられたと思います。次々と降りかかる無理難題に取り組むのは案外嫌いではありませんでした。今年はオックスフォード大学との交流試合が予定されていますし、コロナの制限が緩和されていけば、しばらくできていなかった様々なイベントも再開されるでしょう。現役(とくに主務やマネージャー)の負担はますます増大するかもしれませんが、今しかできない経験を楽しみながら頑張ってもらえればと思います。



 最後に、なぜ4年間ラグビー部で頑張ることができたのかということを述べて、この文章を締めくくりたいと思います。言うまでもなく私がラグビーが好きということが理由の一つです。毎日タックルやスクラムを間近で見られるのはマネージャーの特権でした。しかし、それだけで日々の裏方の仕事が務まるとも思えません。自分がどうしてこんなにラグビー部の一員として頑張れるのか分からないままマネージャー業・主務業に淡々と取り組んできましたが(これこそ私の長所でもあり短所でもあるのですが)、最近ようやく一つの答えに辿り着きました。それは京大ラグビー部が上を目指すことのできる組織だったからということです。


 新チームになる度に、現状維持ではなく、Aリーグ昇格というように一段上にレベルアップすることを目指してきました。これは当然のことのように思えて、部員数や練習環境、周りのサポート体制などが整って初めて成り立つものです。上を目指すことが現実的だからこそ、現役部員たちは目標達成に向けて必死に努力できるのだと思います。そういう意味で京大ラグビー部は本当に恵まれた組織でした。何も考えずたまたま選んだ部活でしたが、常に前進を続ける環境に身を置き、ひたむきに努力する仲間に出会い、そして自分もまた成長する機会を得ることができました。これはひとえに今日まで脈々と歴史を紡いで下さった諸先輩方、いつも温かいご声援を下さる保護者の皆様、熱心にご指導下さる監督団の皆様、その他多くの関係者の皆様のお力あってのことだと思います。現役のときはそこまで思いを馳せることができませんでしたが、改めて今まで頂いてきた手厚いご支援に感謝の念を抱いております。


 そして、格上相手にも決して怯まず泥臭くプレーする選手たちや、情熱をもったマネージャーの仲間が私は好きでした。主務としてこのチームは守るべき存在であったと同時に、守りたいと思わせてくれる存在でした。大切な仲間でいてくれて本当にありがとう。後輩たちの活躍を期待しています。


 振り返れば思いは尽きませんが、続きはまたどこかでお会いしたときにお話しさせてください。改めてこの4年間の全ての出会いに感謝申し上げます。今後もクラブの一員としてラグビー部を応援したいと思います。どうぞよろしくお願いします。


合宿 なかなか乾かない洗濯物に悩まされる日々(22年夏)


酒井 春野


 4回生マネージャーの酒井です。クリスマスイブに引退試合で、1月には納会も済ませたので、正確にはもうOGですね。早いものです。


 さて、卒業前にマネージャー日記総集編という形で活動を記録に残してほしいとの依頼をいただき、書いています。合宿のノリでなんとなく始めたマネージャー日記も意外と愛されているんだなぁと嬉しく思います。


 今回は特にテーマも決まっていませんので、私が4年間のマネージャー経験を経て感じたことというのをつれづれなるままにお話したいと思います。



 1つ目は「当たり前は当たり前でない」ということについて。


 ラグビー部の一番の目標は、試合で良い結果を残すことです。しかし、その試合までの道筋というのは案外長いものです。ただがむしゃらにラグビーの練習をしていればその先にAリーグが待っていてくれるわけではありません。


 「ラグビーをする」ただそれだけのことでも、どれだけのステップがあることでしょう。グラウンド整備、資金集め、備品の管理、人手の確保、怪我の対処、リーグへの加入、保険の手続き、諸々の雑務、、、挙げ始めればキリがありません。

しんどいしんどいと言いながら部車に揺られて宇治に行き、ラグビーの練習をして、帰る。そんな代わり映えのない当たり前の日常を守るためにどれだけ多くの人が尽力しているか、私はマネージャー、そして会計という立場だったからこそ身にしみて感じることができたように思います。


 いつだったか同期のまりこが言っていた言葉を思い出します。

「マネージャーの仕事は、試合までの道を整備していくこと。試合当日を無事迎えたら、あとは選手を信じるしかないよね。」


 マネージャーとして私が一番に大切にしていたのは、選手がラグビーだけに集中できる環境を作っていくということでした。がむしゃらに突き進んだ先に試合があって、あとは目の前の敵に全力でぶつかるだけ。そこまでの道を作るのは、私たちマネージャーだ。


 4年を振り返って、その目標をどこまで達成できたかと言えば、本当に微々たるものでしょう。新しいモノ、楽しそうなことに目移りしがちで、時にマネージャーとしての信念を見失ってしまいました。そこは少し反省しています。もっと自分の役目に黙々と、そして真剣に向き合えれば良かったなと。


 でもこの4年のマネージャー経験は、きっと私の人生の糧になると思います。支える側のしんどさやもどかしい気持ち、そして支えてもらうありがたさを知ることができました。


 改めて、現役をいつも支えてくださっている監督団やOB・OG、保護者の皆さまに感謝申し上げたいと思います。



合宿 監督の奢りで食べるアイスが一番美味しい(22年夏)

 2つ目は「重きは務めよ」にまつわるお話。


 昨年、私たちは創部100周年という節目の年を4回生という責任ある立場で迎えました。100周年に際して様々なプロジェクトやイベントが行われ、例年以上に慌ただしい1年だったと思います。


 記念式典の司会、グッズの製作、イヤーブックの刊行、東大戦の合同企画、100周年ミーティング、広報など私自身も多くのことに携わらせていただきました。たくさんのOBさんに出会い、共に奔走する中で、100年の重さというのを実感したのです。



 部歌・真澄の空の歌詞にある「重きは務めよ」という言葉は、脈々と引き継がれてきたジャージに込められた想いを意味しています。いろんな想いを背負って、選手たちはフィールドに立ち、勇ましく戦え、と。


 私はラグビーをしないのでジャージを着ることはもちろんありません。しかし、その想いは選手マネージャー問わず全員が背負うものなのです。

卒部後何年経ってもこの部のために尽力してくださるOBさん、遠くても応援に来て下さる保護者様、いつも応援してくれる沢山の方を見ていると、私も頑張らなきゃと背筋が伸びました。


 次の100年もこの部が健やかに成長できるよう、これからも支えていきたいと心から思います。



 書くことないな~と先延ばしにしていましたが、いざ書き始めるとあれもこれもと出てきて長くなってしまいましたね。



 最後に、繰り返しにはなりますが、京大ラグビー部をいつも支えてくださった皆さまには感謝の気持ちでいっぱいでございます。本当にありがとうございました!

そしてこれからもKIURFCの一員として応援していきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。


合宿 疲労困憊、地獄絵図のマネージャー部屋(22年夏)


横路 小春


 マネージャーの横路小春です。

このマネ日記をもってマネージャーとしての仕事が最後となります。

最後のマネ日記となるため、これまで言えなかった京大ラグビー部への思いを書こうと思います。


 京大ラグビー部での約3年間の半分以上は、コロナ渦による活動制限のため、宇治グラウンドに立つことはできませんでした。活動停止の間、よく他の人から「部活に参加できないのにどうして続けているのか」と聞かれることがありました。正直に言うと、みんなが参加できている練習が羨ましく、宇治グラウンドに通える日を毎日想像していました。京大ラグビー部のSNS等で部員の近況や顔を見ることができて嬉しい反面、自分がそこにいないことが悲しくなることもありました。少しでも自分にできることを探す毎日でしたが、実際は役に立てるどころか、人数が少ない中で頑張ってくれていた同期マネに頼りっきりになっていました。自分が情けなくて、いつ制限が解除されるか見通しがつかない中、少しずつ部への関わり方が分からなくなっていました。


 そんな時、ある試合で京大ラグビー部に対する思いが大きく変わりました。

その試合で私はカメラを担当していたのですが、前半から相手側に押され、かなり点数を離された状態で試合が進んでいく中、選手たちの心が折れていることがカメラ越しにもわかりました。残り時間はあと僅かとなり応援の声も途切れたとき、後ろから大きな声で「下を向くなー!まだ終わってない!」と一人の選手の叫ぶ声がしました。まるで私に向けて言っているかのように思い、ハッとしました。そして、どんなに厳しい状況の中でも、諦めずに仲間を信じている姿を見て、こんなにもかっこいいチームなのだと感動したことを覚えています。京大ラグビーを大好きになった日であり、この先何があってもこの部と仲間の一番の味方でいようと誓った日でした。


回生写真その2_リーグ戦最終日、主将渡邊のWポーズ(22年秋)

 その思いがずっと私の原動力となっていました。壁にぶつかることや挫折することは何度もありましたが、その度にあの時の言葉が何度も私を奮い立たせてくれました。入部してから引退するまで、マネージャーとして何ができたのだろうと振り返ると、何もできていないままです。制限中ももっと別の形でできることがあったはずだと後悔もあります。ただ、京大ラグビー部とみんなのためにできることを全力でするという強い意志を持ってこれまでやってきました。同期マネや後輩マネ、選手たちに助けられてばかりのマネージャーでしたが、京大ラグビー部という場所でみんなと一緒に戦うことができたことを誇りに思います。


 最後になりますが、これまで京大ラグビー部を応援し、支えてくださった皆様に感謝を申し上げます。誠にありがとうございました。

これからは私もOGとして、マネ日記を密かに楽しみにしようと思います。


 来年度以降も変わらぬご支援ご声援のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。



ラスト東大戦_エコパスタジアムをバックに(22年冬)

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