034: ハイツなおかつ物語〈後編〉(家主 中村 直人・同志社大ラグビー部OB/R2 安部 武/R3 濱本 伊武樹/4回生 有本昂平)


大学の周辺には、歴代のラグビー部員がお世話になる下宿がいくつもある。

なかでも「ハイツなおかつ」は、家主の中村直勝さん、直人さん親子が同志社大学ラグビー部出身、直勝さんの弟孝太郎さんが京大ラグビー部S44卒とあって、とりわけ縁が深い。


ハイツで青春を過ごしたOB・現役計6人と中村直人さんに、思い出を寄稿してもらった。






写真:木屋町さざんか亭さんにて「手を使わずに酒が飲める」と自慢の中村直勝さん



安部 武 (R2卒)

ハイツなおかつのことを知ったのは、高校時代の友人家族からの紹介でした。

社長の直人さんが元日本代表ということを聞き、それまでラグビー一色の人生を過ごしてきた私は、縁を感じずにはいられませんでした。縁を感じただけではなく、学校からも駅からも近く、交通の便もいい。なにより、13畳、29平米という破格の広さは、誰にも負けない自慢の種となりました。

ハイツなおかつでの下宿生活で、思い出に残っていることが二つあります。

一つは年に一度の歓迎会。新しい入居者が入った時に親睦を深めるために催される宴会です。場所は、近所の老舗すき焼き屋「天寅」。会長の直勝さんと奥さん、直人さん、なおかつの皆さんが美味しいお肉をたくさん食べさせてくれました。花柄に盛り付けられた綺麗な霜降りの牛肉をこれでもかとお腹に詰め込める機会は大学生にとっては本当に貴重でした。大皿を平らげたらまた次の大皿が出てくる、わんこそばのような牛肉は今後なかなかお目にかかる機会はないのだろうと思っています。また、話には聞いていたラグビー部の先輩、高濱さんの姿を初めてちゃんと見たのもこの会でしたし、一つ下の学年の濱本の入部の意思を初めて聞いたのもこの会でした。高濱さんはお腹をセーブするためかあっさり目の豚しゃぶをたくさん食べていて、濱本はほとんどしゃべっていませんでした。

もう一つはなおかつの皆さんのやさしさです。なおかつの皆さんは本当に気さくな方々で、見かけると必ず声をかけてくれました。親元を離れて一人で暮らし始めた学生にとって、こうやって声をかけてくださるのは心に沁みるものがありました。「いってらっしゃい」とか「おかえりなさい」とか、「元気か?」とか、日常の何気ない会話が心を豊かにしてくれたなと強く思います。なおかつの皆さんのおかげで、ただの一人暮らしの下宿先にはないような居場所と安心感が確かにあったなぁと思う毎日でした。

人と人との心のつながりの温かさに溢れたハイツなおかつだからこそ、現役のころの先輩である高濱さんや、後輩である濱本、有本には特別な縁を感じていました。それはお会いしたことのない大先輩にも同様で、ぜひハイツなおかつの昔話などをお聞きしてみたいとも思います。

中央が安部 武さん(龍谷大戦@宇治グランド)

濱本 伊武樹(R3卒)

 修士1回生で、現在、4階に住んでいます。なおかつには入学当初から住んでおり、今年で5年目になります。農学部キャンパスからは自転車で5分の場所に位置し、部屋は12畳あり広々としているので結構気に入ってます。窓からは大文字山が見え、忙しい研究室の日々で荒んだ心も浄化されます。

 最初、なおかつのラグビー色の強さには驚きました。大家さんが元ラグビー日本代表で、一つ下の住人が京大ラグビー部員。僕と入れ替わりで出て行った人も京大ラグビー部だったと聞いた時、これは僕もラグビー部に入るしかないと感じ、入部しました。

大家さんには高級焼肉に連れて行ってもらったり、3階のラグビー部の先輩には部屋に呼ばれてお好み焼きを振る舞ってもらったり。なおかつには大変お世話になりました。

昨年、有本君がなおかつに引っ越してきたので、僕が京都にいる間は可愛がってあげようと思います。

濱本 伊武樹さん


有本 昂平(4回生)

今回のお話を頂いた時に、僕が知るよりも深く京大ラグビー部とご縁があることにとても驚きました。というのも、特に先輩に勧められたわけでもなく入居したからです。

2019年の秋に、安くて広くて駅に近い物件はないかなと物件サイトを見て、見つけました。当時4回生の安部武さん(R2卒)と3回生の濱本伊武樹さんが住んでいたのは後で知りました。同じ建物に住んでから2人と話す機会が増えて、引っ越す前よりも仲良くさせてもらいました。

ハイツなおかつに住んでいいなと思っているところは、なおかつの社員さんが温かいところです。1階が倉庫になっていて、出入りで前を通るたびに、社員さんが挨拶をしてくださいます。朝に挨拶されると1日が始まった感じがして、とてもいい気分になります。

ラグビーに詳しい社員さんがいて、時々ラグビーや筋トレのことを話してくださいます。筋トレのサプリなどを教えていただき、そのサプリは現在も使用しています。

今後もハイツなおかつと京都大学ラグビー部のご縁が続けばいいなと思います。

有本 昂平さん


「ハイツなおかつ」中村直人さん

京都大学ラグビー部創部100周年をお祝い申し上げます。

「ハイツなおかつ」は、現在52歳の僕が小学5年生の時に京都市左京区田中というオシャレな街に新築されました。

歩いて10分ほどで京都大学のある百万遍まで行ける立地が自慢のハイツでしたが、自慢できるのはそれだけ(笑)。

風呂もシャワーも無く、共同トイレに共同キッチン、さらには1階を酒屋の倉庫として利用しているため、朝早くから瓶ビールを積み上げる音や酒屋で働く人たちの大きな声が響き渡るという超快適な生活環境。そんな「ハイツなおかつ」に新築と同時に入居頂いたのが、京大ラグビー部の瀬戸口さんと江口さんでした。

「ハイツなおかつ」は、何度かのリフォームを経て、今でこそ1フロアに2部屋。各部屋に風呂・トイレ・キッチン完備とゆったりとした間取りとなっていますが、新築当時は今と同じスペースに1フロア5部屋+共同トイレと共同キッチン。それはそれは狭~い狭~い居住空間でした。

その中でも瀬戸口さんの住まれていた203号室だったか403号室だったかは特に狭く、大人がひとりで生活することも大変だったようにうっすらと記憶しております。

ましてやラグビー部員で体の大きかった瀬戸口さんにとってこの部屋は更に狭かったはずなのですが、なぜか女性と二人で籠っておられることが多かったことははっきりと鮮明に記憶しております。

瀬戸口さん、アリスの堀内孝雄のような口髭の江口さん。そして京大ラグビー部OBで「見えなかったドロップゴール」を蹴った叔父の中村孝太郎、ハイツなおかつ家主の父・中村直勝と、たくさんのラガーマンが小学生時代の僕の周りにはいてくれたおかげで、高校で始めたラグビーに今も楽しく関わりながら人生を送っております。

ハイツなおかつ開業から約40年、大勢の京大ラガーマンに入居していただきました。苦しい練習の後も、オフの日も、試験期間も、彼女をこっそり招待する日もすべて、掛け替えのない学生時代の思い出の傍にはいつも「ハイツなおかつ」があると思うと、とても嬉しく感慨深いです。

京都大学ラグビー部が関西Aリーグに昇格され、TV放送に「ハイツなおかつ」の住人(笑)が映し出され大活躍される日を楽しみにしております!

これから先も200周年、300周年と京都大学ラグー部が名門チームとして繁栄されることを願っております。

「ハイツなおかつ」OBの皆さん、コロナが落ち着いたらハイツの屋上でBBQしましょう!


ハイツなおかつ前で記念写真。左から濱本伊武樹さん、中村直人さん、有本昂平さん

(編集:H2 奥村 健一)

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