095: NHKアーカイブスでたどる戦後の熱戦映像(日本映画社・日本映画新社が製作した「日本ニュース」より)

終戦後のラグビー定期戦と東西大学対抗の映像が、「NHKアーカイブス」に収録されている。下記URLから、それぞれの映像記録の表題を検索すると熱戦が映像とアナウンスで蘇る。「京都大学ラグビー部60年史」に掲載された写真とレポートと共に紹介する。


NHKアーカイブスURL

https://www.nhk.or.jp/archives/



①東西大学対抗ラグビー<時の話題>

昭和21年(1946年)1月1日 京大8-21慶応(吉祥寺 日産厚生園)

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(京都大学ラグビー部60年史より)

 昭和21年元旦の対慶応戦のため上京するにあたって、先輩の支援を受けた。当時、交通事情のひどさは想像を絶するもので、東海道線は、どの列車も昇降口にまで人があふれて、死に物狂いの混雑を呈していた。暮れの30日、夜行列車で東上したが、運輸関係の先輩のはからいで座席を確保出来、全員座って31日、東京に着くことできた。宿舎は千代田区紀尾井町にあった森禄郎の長兄、森暁邸(現在は新日本製鉄紀尾井寮)であった。森暁は京大出身で、高校時はラグビー部に属し、ラダビーに理解があった。元日の朝は餅の入った雑煮で出陣を祝ってくれた。

 東京で行われた戦後初の東西大学対抗、京大対慶応戦は、芝が伸び放題の日産厚生園(吉祥寺)で行われ、8‐21で京大が敗れた。タッチジャッジに巽道明(旧姓長崎、昭和16年卒)がかけつけた。



 京大ラグピー部復興第一年は、OBたちの復興への情熱によって支えられた。京大は恵まれていた、奥村竹之助、巌栄一、別所安次郎、西村總左衛門、磯田一郎ら多くの先輩は、「ともかくことしはラグピーを楽しくやって部を充実させ給え。勝敗はそれからだ」と発口同音に励ました。部員たちは復活を楽しみながらも、それぞれに「来年こそ」の思いがあった。この思いは、次の昭和21年度に豊かな実りをみせた。


※過去の配信:NHK BSプレミアムで「戦後初の京大-慶大戦」がカラーで蘇る。(令和2年11月25日放送)の白黒長尺版。

昭和21年1月1日 日産厚生園(吉祥寺)で戦後初の京大-慶大戦(8-21で敗戦)。中央は北島忠治レフェリー。左端は巽道明ジャッジ


②京大対慶大ラグビー<時の話題>

昭和22年(1947年)1月1月 京大16-11慶応(西宮)

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昭和21年度は記念すべき栄光のシーズンとなった。前年度の卒業はわずか5~6名。その後の復員学生も知わって、前年より充実したチームとなった。和智恒雄主将率いるダークプルー軍団は、西下した早慶明東の関東大学チームをことごとく降して京大の"黄金時代"を再現させた。


昭和22年元旦の対慶応戦、1月5日の対明大戦(いずれも西宮球技場)に16-11(5-3、11-8)、6-3(6-0、0-3)で快勝した、対慶応戦では、京太FWの鋭い動き、好漢和智の勘のよいプレーが慶応反撃の芽を断ち、堀江、広海の右側TBの決定力がスコアとなってあらわれたことが指摘されている。






昭和22年(1947年)の対慶応戦(西宮)で勝利のトロフィーを手にした京大チーム。前列右から三人目は和智主将、後列中央(ソフト帽姿)は内藤コーチ。

昭和22年1月1日(西宮球技場)主審 北島忠治

<京大>       <慶応>

芝山   FW   戸部

 森        伊藤

福井        荒川

日野        由本

龍村        元木

和智        犬丸

富士        根本

田村 忠       椎野

鈴木   HB   小松

柴垣        杉本

森本   TB   吉田

山根        中谷

堀江        渡辺

広海        西村

清水   FB   田中


③元旦のラグビー京大 22-11 慶応 <スポーツ>

昭和23年(1948年)1月1日(東京ラグビー場)

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昭和22年度の京大の関東勢との対戦は11月3日、早稲田を西宮に迎えて3-19(0-3、3-16)で敗れたあと、年末年始は東上して、新設の東京ラグビー場(昭和28年「秩父宮ラグビー場」と改称)で行われた。同ラグビー場は、関東のラグビー復興のメッカとして建設が進められ、11月22日に完成した。


京大は、12月25日の対東大戦には9ー12(6-6、3-6)、23年1月6日の対明大戦にも8-42(0-31、8-11)で敗れたが、元旦の慶応戦には22-11(11-5、11-6)で、前年に続き連勝した。








昭和23年(1948年)の秋、試合前のスナップ(日時不明)。前列左から中村、高野瀬、堀江、米原、森本隆、後列は藤尾、柴垣復生、築山、新村、梅村、中川路忠男、山田、滝川。(敬称略)

昭和23年1月1日(東京ラグビー場)

<慶応>      <京大>

戸部   FW   笹井

柳沢         森

伊藤        米原

中須        日野

菅原        龍村

柏谷       中川路

根本        草刈

犬丸        田村

田中   HB   伊沢

杉本        柴垣

吉田   TB   森本

中谷        山根

渡辺        堀江

西村        高木

富上   FB   清水



④吉例 元旦ラグビー 京大16-6 慶応

昭和24年(1949年)1月1日(花園)

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早大と引き分けた慶応を押しまくる


昭和24年元旦、花園ラグビー場の対慶応戦は、早明を相手に断然たる強味を発揮した慶応FWに対して、京大の弱いFWがどこまで食い下がるか疑間視された戦いであった。慶応は、この年から再びセブンに戻したFWの活曜によって、覇者早稲田と3-3の引き分けを演じている。このセブンFWを、日野主将を中心にまとまりをみせた京大エイトが押しまくり、しかもゲーム開始早々に堀江のドロップゴールが見事に決まるという好プレーもあって、予想に反して、16-6(13-3、3-3)で勝ったという事実を指摘しておきたい。







昭和24年1月1日(花園ラグビー場)

<慶応>      <京大>

清水   FW   山田

河端        中村

堤          米原

竹谷        梅村

山田        築山

柏谷        栗岡

犬丸        日野

        中川路 兄

富上   HB   新村

田中        柴垣

杉本          

花田   TB   岡田

中谷        森本

角南        堀江

高橋       高野瀬

前田   FB   宇野


昭和24年(1949年)、対東大戦(東京ラグビー場)での集合写真。前列左から三人目が柴垣復生主将。


⑤学生東西ラグビー 関東26-16関西 

昭和24年(1949年)2月13日(東京ラグビー場)

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