026: 京大ラグビー、自由と挑戦〜「気合」の東大と「気楽」の京大(東大S54 小田 伸午・元京大ラグビー部監督/特別インタビュー1)

更新日:7月27日

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《特別インタビュー》


東大で主将、京大で監督。宿命のライバルを知り尽くした小田伸午・関西大教授に、両校の対照的なスタイルを聞いた。また、ジャパンのコーチを務めた経験も踏まえ、日本のラグビーに今なお息づく京大の星名理論についても語ってもらった。




――小田さんに指導して頂いたときから30年たちました。お変わりありませんね

ちょっと太ったやろ(笑)。


――特に笑顔が昔のままで、私一人、歳がいったように感じました

苦労した仲間だな。思い出としてはなぁ。


――監督就任の依頼を受けたときの思いは

京大はオープンにボールを動かす、東大と違うタイプのラグビーでしたから、そういうチームの指導ができるということは、大変わくわくしましたね。僕がどこまでそれをコーチングできるかが疑問だったので、コーチの皆さんにおんぶに抱っこだったという面はありました。そこはあまりいじくらないようにしよう、東大流に変えないようにしようという気持ちが、迷いもあるところだったですね。私のカラーが存分に出せなかったような気がします。


――京大での指導方針は

僕の立場上、体づくりをしっかりやろうというのが方針でした。Aリーグの基準値はこれぐらいだというウエイトトレーニングの種目ごとの目標値を決めて。八木君(S63卒)とかは全く違う身体になった。でもそれによって走れなくなる面が出てくるんです。二律背反の問題を考えるようになったのはそこからです。

京大のラグビーは、岩前さん(岩前 博S7卒・元京大ラグビー部監督・元日本代表)とか三好先生(三好郁朗/S37卒・元京大ラグビー部監督・京都大学名誉教授)とか皆さん、二律背反の問題を深く突き詰められていて、そこから出ているラグビーの深みを持っていらっしゃる。そういうことに少しずつ気がついていくんですよね。

自分たちからおっしゃらないものですから、世間にあまり発信されていないけれども、私が何か語れというなら、京大ラグビーの日本のスポーツ界での位置づけは、哲学でいえば「京都学派」のようなものですよね。AかBかどっちなんだというのではなくて、AがあるからBがあるんだし、BがあるからAがあるんだし。そういう二律同一(同立)っていうんですかね。そんな考え方を基にラグビーを考えていらっしゃる。


――小田さんから見た京大のラグビーのスタイルとは

これはねぇ、気楽にやるんだね。

東の方、特に東大と京大でいえば、東はやっぱりカンカンに気合を入れてやる。西は「ほな、いこか」って感じがする。30点取られたら31点取ったらいい。気楽ということの中に本気、真剣があるんですよね。あんまり精神的なプレッシャーを好まない、楽しみたい。楽しむラグビーが一番強いし、見ていて楽しいし、やっていても楽しめる。そういう考えの人が多かったんじゃないですか。


――自由で形にはまらないイメージでしょうか

形にはまらないね。自分を出してもええんや、自由というのは。

誰かが自分を出そうとしていたら、それにサポートする態勢をさっととり、自分が行こうとしているときは、「サポートせいや」と。

「俺が行ってるのに、お前ら(サポート)してくれへんやん」「そんなん、いきなり孤立して突っ込んでいくお前が悪いんや」っていう、言い合いにも似た議論がグランドでもあって。あぁ西の文化だなって。言いたいことを言い合って、最後はまとまる。まとまらないときはポカッといかれる(笑)。京大の自由は本当は非常に高度なことで、基礎、基本があっての自由自在だということだったということに後になって気がつくんですけど・・・。


――戦術面ではどうですか

東大で教わったのは、特徴としてとらえていうと、ストレートダッシュとタックル、それだけですよ。あとはスクラムとランパス。それでずっと年間、同じ練習をやり続けて、試合の前日も気合を入れるためにランパスです。いま思うと戦術練習が少なかったと思うんですが、結構やれるんですよね。夏山(S54卒)の代に僕らは勝ったんですから。かっこいいラグビーだけが強いんじゃないんだぞと。

昭和53年(1978年)東大VS京大定期戦のキックオフ前(秩父宮ラグビー場)。最前列中央が小田伸午・東大主将(東大15-12京大)

――かっこいいラグビーですか

かっこいいじゃないですか。(京大は)華々しく展開するし、FWもステップ切るし。クロス・クロスのダミーのまたクロスみたいな、どこに球を運ぶんだかわからないようなサインプレー。当時の東大なら相手無しでもノックオンしそうなね。もっとシンプルにやれと言われそうな、ステップ切らずに真っすぐ行けと

真っすぐ行くだけで抜けるという理論もあるんですよね。斜めに走ると外に引っ張る力と縦に行く力があって、斜め走りだけて抜けちゃうんですよね。ストレートランというのはゴールラインに直角ではなくて斜めに走ることだと京大の先輩たちは言っていたように思いますね。それは三好先生の話を聞いてわかりました。昔、星名ラグビー(星名 秦/S3卒・元同志社大学学長)や大西ラグビー(大西 鐵之祐/元早大ラグビー部・日本代表監督)はストレートランニングではあっても、コーナーフラッグを目指していました。それで相手を外にひきつけ、相手がかぶってきたら縦を突く。外にずらせると見たら、球を受ける前にカットアウトして伸びるスイングパスと一緒に外に抜ける。縦と横のラグビーの昇華されたものが斜行、斜め走りのストレートラン。明治の北島先生(北島 忠治/元明大ラグビー部・明大ラグビー部監督)の「前へ」も、斜行が基本なのかもしれないですよ。


――斜めは縦もあり横もあるということ

そう、どっちもある。縦なのか横なのかじゃなくね。その原点が星名ラグビーにあったということを京大の人は自覚してますね。外に主張はしないです。謙虚でいらっしゃいます。誇りにしていますけど、自慢はしていないですね。それを私は今日、言いたかったんです。

ウエールズの遠征に僕がついていったとき、ジャパンの主将、松尾雄治のバックス理論も「最後はコーナー」と言っていた。松尾は釜石、釜石のラグビーは市口さん(市口 順亮/S39卒・元京大ラグビー部監督・元新日鉄釜石監督)から伝わったと聞いています。「外」ということで、みんながひらめく「最後は外」という日本ラグビーの根本は、京大のラグビーから始まっていると思います。昭和の初期、岩前さんのころもあったとは思いますが、「最後は外」と理論化したのは星名先生だと思います。


――星名理論を伝えるものとして手書きシートの逸話がありますね

大事な理論なんだけど、部室の壁に貼ってあったというね。あけすけでフリーですよね。日本ラグビー界にひろまるわけです。あの資料には様々な今日のバックスの抜き方の原型が入っているし、「セーフティライン」という、横向きに走るコースなど、独創的な発想が存分にある。また、「だまし、フォックス」というのもあって、だましていいんだという(笑)。何をやってくるのかわからない、どっちの方向に最後は走るのかわからない。スクラムの後ろでハーフが戻ってきて、渡すふりしてフェイクしてスタンドが逆走りした方へ渡すとかね。そういう、何ですかねぇ、楽しんでましたね。東大の人があれ見たら、こんな策に溺れて奇をてらうような、奇をてらった方から負けるんだと言われそうな。どちらも立派なラグビーですが、それを自分たちの挑戦する心で新しいラグビーを造っていくんだという気持ちが勝っていたのが、京都大学だったと思いますね。

星名の理論「ハイスピード・ラグビー」を図式化し、農学部グラウンド脇・部室の壁に貼ってあった(1960年頃)

(2021年2月15日小田さんご自宅にて)

取材:奥村健一(H2/LO、読売新聞)山口泰典(H4/No.8、読売新聞)但馬晋二(H24/FL、読売テレビ)



▼小田伸午さんのプロフィール

1954年、愛知県生まれ。79年、東京大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科を経て、84年に京都大学着任。同大学教養部助教授、高等教育研究開発推進センター教授などを歴任し、2011年から関西大学人間健康学部教授。東京大学ラグビー部で初めて楕円球に触れ、4年生で主将を務める。大学院時代は日本ラグビーフットボール協会の強化委員、代表チームトレーニングコーチの要職に就き、1983年のウエールズ遠征に参加した。京都大学ラグビー部を1984年から7年間指導し、87~89年に監督を務めた。


▼小田伸午さんの「特別インタビュー1」動画はこちら(約12分)


>インタビュー2へ続く


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